「林邑」のこともお忘れなく
誰かに、逃げてるといわれたことありませんか。そんなこと言われるとちょっとショックですよね。いつもモンゴルの話題のことだけ考えていれば良いわけでもないし、かなりきつい所です。曖昧ということについて、考えたことはありますか。それが良いことなのか、悪いことなのかわからないけれど、シルクロードの話題のことでも時には曖昧な方が自然に感じることもあります。でも、それが仕事なると困りますけどね。さてさて、前回はファン倶楽部結成で盛り上がりましたが、そのパーティの疲れが出たのか、今日はダウンしました。部屋の中にいるとなかなかに気詰まりですね。基本的に家の外にいることが多いので、かなりフラストが溜まっています。テレビやビデオを観る趣味もありませんし。こんなときくらい、冷蔵庫の掃除をしなくちゃねという感じです。すでに、エンドに向かっている話題の隋の時代ですが、琉球(現在の台湾)征服のファン倶楽部結成の後、その後を引き継ぐテーマは「林邑」になる予想です。「林邑」が単純に面白そうなテーマだからです。でも、知識とデータを集めなくてはね。どなかたお持ちの方ゆずってくださいませんか。勿論冗談ですが、やはり自分の力で努力しなくてはいけないですね。
ちょっとだけ特集コーナー
冷蔵庫を見ていて思うのですが、この小さな空間の中からまったく他の世界に行けたらいいなあなんて、ドラえもんのようなことを考えてしまいました。しかし、冷蔵庫の中に入っているもののことは、もしも、扉をあけなければ誰も気づかないわけでしょう。誰も気がつかない存在とはいったいどんな存在なのでしょうか。いや、存在しているといえるのでしょうか。もしも、この宇宙に誰もいなければ、この宇宙の存在を知る人もいないわけです。そうなると宇宙は在るのか、無いのか、区別がつきませんね。でも、人類が誕生する何十億年も前から宇宙が存在した、でなければ、人類の存在もまたないわけで、こんな風に考えて行くと、なんか、物質というものの根底が揺らいでゆくように感じてしまうものです。結局、誰かに観てくれなければ、存在を主張できない存在とは、それほど確かな存在といえるのでしょうか。われわれの宇宙のすべてが、とてつもないコンピュータの中の世界だとしても、それを知る方法は今のところ無いようです。もう、気が狂いそうになったところで、リアルな世界に戻って、隋の時代なのですが、前回、「林邑」についてもファン倶楽部を作ってくださいという意見が多いのですが、「林邑」については少なくても当方ではクラブは作りません。好きな人は、ただじっとそう思っているだけで幸せというのも良いでしょうから。
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